今、こんな記事が話題なんですね。

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このブログを書いた宮田レイシープ様のおっしゃること、確かに一理あるとは思います。

確かに混雑した花火大会で赤ちゃん連れをみたりすると「こんな混雑と大きな音に赤ちゃん耐えられるの?」とハラハラすることもありますし、子供に対しても、周りに対しても、気遣いが必要な時はあります。

親が我慢した方が良いケースもたくさんあります。

 

でも。でもね。

「自分が不快だとか可哀そうだとか感じたからと言って、世の中の全員がそう感じているわけじゃない」と私は思うんです。

 

赤ちゃんを今育てている親御さんに言いたい

「子供うっせぇなぁ!!!!!」

って、周り全員が思っている訳じゃないですよ。

「赤ちゃんは泣くのが仕事だから♪」と微笑ましく思う人もいます。

お母さん大変ねって同情する人もいます。

ちょっとうるさいなと思ってもこれくらい許容範囲だわって人も、

スマホに夢中で全然気になっていないって人もたくさんいます。

 

我慢の限界に達した人が「うるさい!」と声を上げるわけであって、そういう人はごく一部です。大半は興味がないとかわざわざ声に出して言わないサイレントマジョリティなだけです。

私も赤ちゃん連れで電車や新幹線に乗るくらいの日常生活をしても良いと思うし、泣いたら降りるなり場所移動するなりしろなんて思わないし、買い物くらい普通出て良いと思っています。

今は通販とかあるからずっと家の中で暮せるとか思われがちだけど、子供の健診行ったり、じいちゃんやばあちゃんに呼ばれたり、保育園に行ったり、赤ちゃん連れて出なければいけない用事は色々ありますもんね。

 

世の中は「誰かの我慢」で成り立っています。

この記事を書いた方は赤ちゃんの煩さに我慢してきた人なんでしょう。

じゃあ親が我慢して子供を連れださなければ解決するか?

周りが煩いのを我慢すれば解決するか?

そんな単純なことじゃないと思うんです。

 

自分が我慢したくないから言う言葉や行う行動は、他の誰かを我慢させることになります。で、どちらかに比重が向きすぎると、どちらかが爆発する。

子供を放牧する人が多くなれば「煩い!」って人が増えるし、親をマナーマナーと縛り付ければ今度は親が「子育て出来んわアホが!!」となるわけです。

 

 

お互い限界値に達しない中間点を取るためには「相手は我慢していないのに、自分ばかりが我慢している」という発想を一度取り払って、どの段階ならお互いに「ちょっとずつ我慢」で済むかを考えてみると良いと思うんです。

 

それは、周囲だけでなく、親も。

 

で、結局のところ良い解決方法ってあるの?

そもそも「うるさい」とか「マナー違反」とか感じ方はひとそれぞれなので、ズバリ解決方法はないでしょう。

どんなに気を遣ってもダメなときはあるし、どんなに子供の声を我慢していても疲れていて限界になっちゃうこともある。

 

けれども、少なくとも自分が心穏やかでいられるように、親も、周囲も「これがマナーだこれが正義だこれが正しい」っていう気持ちを少し捨ててみて相手の事情を鑑みると、楽になれるんじゃないかなって思います。